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CS組織のイノベーションのために ~「横浜トリエンナーレ」で見た現代アートに触発されて~

産業立地論研究の分野で現在最も影響力を持っているのが、マイケル・ポーターの「産業クラスター論」である。産業クラスターとは、「特定領域の企業や組織が相互に関連を持ちながら地理的に集積する」ことである。ポーターによれば、産業クラスターが国家や地域の競争力を左右する最も重要なファクターである。

/『創造都市・横浜の戦略 クリエイティブシティへの挑戦』(野田邦弘氏著)

 「芸術の秋」などと言っている間に、すっかり肌寒い季節になりました。さて、先日私は、同僚を誘って横浜トリエンナーレ2008に行ってきました。一見、Webコンサルティングはもとより、私の仕事ともまったく関係ないようなテーマに感じられるかもしれませんが、この現代アートの祭典に赴いて感じたこと、新たに触発されたことについて仕事に活かすことができないかという試みをしてみたいと思います。

 この「横浜トリエンナーレ」、私は前回2005年開催の第2回から行くようになりました。その頃も、美術館に行くことは好きでしたが、いわゆる普通の絵画作品を鑑賞することが好きだったため、「現代アート」と聞くと難解なものであると身構えてしまって、せっかく見に行ってもそれまでの自身の先入観がバリアのように邪魔して、すんなりと感覚で理解することができませんでした。ですので、今年こそは!と事前に様々な書籍や雑誌、Webサイトを見て予習をしてから行こうと考えていました。そんなときに読んだ書籍の一つが、『現代アートバブル いま、何が起きているのか』(吉井仁実氏著)でした。本書、「現代美術を楽しむために知識はいらない」という項では、「「習うより、慣れろ」ということが、現代美術に親しむコツのように思います」と書かれています。このことは現代アートに限らず、仕事も同じかもしれませんが。

 言われてみれば、ピカソやゴッホなどの絵が簡単で、現代アートが難解であるというわけでもありません。現に年に2回、東京ビッグサイトで開催されているGEISAIを2001年に主催した日本を代表する現代アーティストの村上隆氏の作品は、2003年にルイ・ヴィトンとのコラボレーションを果たしていますし、今年6月に代々木公園(渋谷区)にもきた移動式美術館Chanel Mobile Artでは、日本人としては、荒木経惟氏、田尾創樹氏、束芋氏、オノヨーコ氏などがコラボレーションしており、現代アートと言ってもより身近な存在になってきたように思います。ですので、過去の有名絵画と現代アートとの間に多少の知識の差こそあれ、慣れの問題であると思えるようになり、今回は「どのような作品があるのだろうか?」と、行く直前くらいには半ば楽しみになっていたものでした。

 ところでこの「横浜トリエンナーレ」、調べてゆくと成立の背景など大変興味深いものでした。日本初の国際現代美術展として、国際交流基金と横浜市が中心となって開催している美術イベントで、政府・自治体主導で企画される非常にスケールの大きいものでした。以前に本コラムで書いたインターネットがもたらす第三の開国の夜明け前 ~2009年、横浜開港150周年~も関連した内容になると思います。

 それにしてもこの横浜では、なぜこうした大小のイベントが多数行われているのでしょうか。冒頭のエピグラムで挙げた『創造都市・横浜の戦略 クリエイティブシティへの挑戦』では、続けて以下のように書かれています。

ポーターの「特定分野」をアートにして生まれたのが「創造界隈(クリエイティブコア)」というコンセプトである。横浜市の場合このコンセプトはイギリスのブレア政権が掲げた「創造産業」(Creative Industries)を下敷きにしている。(中略)

ZAIMを運営する(財)横浜市芸術文化振興財団によると、ZAIMでは、ジャンルの異なるアーティストやクリエーターが同じ場所にいるので、作品制作などの場合気軽に相談できるといったメリットは大きいと言う。クリエイティブ・クラスターのメリットが発揮されていると言えるだろう。(中略)

2006年に制定した「横浜市基本構想」(長期ビジョン)のなかで横浜市がめざすべき都市像として「市民力」(市民の活力と知恵の結集)とあわせて「創造力」(地域の魅力と創造性の発揮)がうたわれた。

/『創造都市・横浜の戦略 クリエイティブシティへの挑戦』(野田邦弘氏著)

 つまり、世界に開かれた港湾都市――、国際化の進む横浜にとっての「戦略」の一環でもあるのではないでしょうか。「産業クラスター」というと難しいので、産業集積都市と言い換えるとシリコンバレーはその代表的なものでしょうし、"渋谷ビットバレー"(cf.「クロニクル「インターネット業界10年史」 ~まるでビッグバンのように、超高圧な一点の意志からその広大無辺な市場は生まれた~」)も日本のIT産業の集積都市になっていると思います。

 

 このような「産業クラスター」の提唱者であるマイケル・ポーターで思い返すのが、本コラムを書き始めたときのことです。「「Webコンサルタント.jp」開設にあたり(自己紹介)」で、私は「価値の連鎖と淘汰とを繰り返し、質の高い競争優位のバリューチェーンを構築したい」と書きました。この「バリューチェーン(価値連鎖)」もポーターの言葉ですが、自分の貴重な時間を割いて、また、会社(やお客様)から対価を頂いて仕事に臨むのであれば、何かしら「価値を生みたい(価値活動)」と足りない頭で考えたものでした。特に先日、毎日新聞の記事で、生キャラメルを製造・販売するタレントの田中義剛氏の言葉(「農産物は原料では高く売れない。だからこそ加工する必要がある」)を見て、一層強くそう思うようになったものでした。

 それまで私がプライベートの話題で「美術展を見に行くことが好きだ」と言うと「芸術はお金にならないから、趣味に生きるタイプの人だね」といったように、価値を生まないという意味のことをよく言われたものでした。しかし、ジャクスン・ポロックという抽象画家の「No. 5」という作品には、実際2006年に競売にかけられた際に、たった1枚の絵画に136億円の価格が付いたことがありました(cf.「2008年度版世界で最も高価な絵画トップ15」/GIGAZINE)。それだけの価値を見出した人がいたということでしょう。

 むしろ、あれだけ騒がれた「Web2.0」でさえ、実際に「Web2.0」に取り組んで利益を生み、成長している企業は全体から見れば極一部かと思います。いくら面白いものでも、高度な技術力をもってつくられたものでも、市場のニーズに見合っていなければ、お金なり喜びなり価値を見出しにくいものです。両極端な例でしたが、「Web2.0」に限らず、どの企業でも自社の戦略が生み出す付加価値がマネタイズされることを意識しながら日々企業努力を続けているのかと思います。ですので私はビジネスシーンにもアートシーンにも、どちらにも利益追求からフィランソロピーの考え方までがあるのではないかと考えています。

 少し話しがそれましたが、この「バリューチェーン(価値連鎖)」を意識し始める以前までは、「信頼ある組織へ」をテーマに、社内外で交わされる約束事を逐一守っていこうといったスローガンを掲げることが精一杯でした。とにかく「約束を守り続ける」という至極当たり前のことが、私たちには難しかったのです。しかし、約束を守らないことによる弊害に対し少しずつ学習を続けながら(cf.学習する組織/@IT情報マネジメント用語事典)、一つひとつ目の前の課題をクリアしてきました。そして今期期初に掲げたゴールビジョンを達成するにあたって不明瞭となっていた実際の行動計画について、以前の合宿研修(cf.「「Web戦略立案シート」のご紹介 ~管理者合宿研修を終えて、情報共有(ナレッジ・マネジメント)の社内推進を心に決める~」)で具体的に洗い出し、私たちCS部は「顧客満足度向上」という大きな枠の中で、現時点での強み・弱みを分析した上で、「生産性向上」と「価値創出」といった結果を創出するための方法を試行錯誤してきました。たどり着いた一つの境地として、現時点で不足している「人材力」、「ツール」、「組織力」を掛け合わせることで、現在のバリューチェーンがより強固なものになると確信しました。つまり、「優秀な人材が、高度な道具を使いこなして、それを組織全体が有機的に連携しながら機能を最大限に活用している組織」のイメージです。そうしたCS組織のイノベーションのため下半期に取り組むべき以下の7つの行動計画を立てました。

1、今期末までの行動計画を立てる
2、顧客管理、原価工数管理の徹底
3、各種プロジェクト/MTGの権限委譲
4、マニュアル/ガイドライン体系化
5、外部ノウハウを導入する仕組みの構築
6、教育/評価の仕組みの導入
7、情報共有システムの構築/運用

 前期までに構築を急いだCSバリューチェーンが、お客様にとって本当に必要なサービスになり得るかどうか、 単に消費者不在の自己満足の取り組みで終わらせないために、今期も残すところあと4ヶ月、必死に取り組んでいきたいと思います。

 これら7つの行動計画については、機会がありましたらご紹介させて頂こうと考えていますが、私たちが普段お付き合いさせて頂いている中小・ベンチャー企業では、このような課題を抱えている私たちと共通点も多いのではないでしょうか。

cf.中小企業庁:中小企業白書
http://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/

 昨今の金融危機などがもたらす影響も少なからずあると思いますが、私たちの会社の企業理念である「共存共栄の精神で世の中に新たな価値と笑顔を創出します」を常に胸に秘めつつ、自分たちの仕事をきちんとやり遂げたいと思います。

問題解決の手法を歴史に学ぶための「社内推奨図書」制度 ~映画「レッドクリフ」観ました!~

 義という文字は、解字からいえば羊と我を複合させて作られたとされる。羊はヒツジから転じて美しいという意味をもつ。羊・我は、「我を美しくする」ということであろう。
/『項羽と劉邦(下)』(司馬遼太郎著)

 この休みの間に現在公開中の映画、レッドクリフ(Part 1)を観てきました。諸葛孔明と周瑜という二人の名軍師、言わば"組織のナンバー2"にスポットを当てた構成で、それぞれを演じた金城武さんとトニー・レオンのお二人に知的な雰囲気が表れていて、魅力的な人物像が描かれていたと思います。テーマ曲を歌うアランさんの曲も良かったです。

 

 事前に「週刊ダイヤモンド(08年10月25日号)」(特集:「「歴史」を知れば経済がわかる!」)に掲載されていた、ジョン・ウー監督がこの映画について語っていた一節――、

「たとえば人間は、誰かと知り合うことで仲間になり、互いの長所や短所を評価し合います。そして、心を開いて交流することで、互いを思いやり、感謝したりする気持ちが生まれます。そのような絆や友情は、人生で直面するあらゆる困難に立ち向かっていく際のベースになります。」

「信念と勇気を持って、大きな"困難"に立ち向かっているビジネスマンに観てほしいです。」

――を読んで関心を持ち、観に行ってみたくなりました。

 

 「レッドクリフ」は、三国志の中でも特に有名な「赤壁の戦い」をベースとした内容です。今年2008年は、この「赤壁の戦い(208年)」からちょうど1800年にあたるということで、特設サイトも上がっていたりします。少ない人数でも、知恵と勇気と結束力とで多勢に向かってゆく姿勢を描いているところは、以前に観て思わず当社組織をかぶらせてのめり込んでしまった300(スリーハンドレッド)とも似通う部分があり、自分好みな内容の映画でした。

cf.「赤壁の戦いから1800年 三国志特集 <週刊特集 Vol.80>」(Yahoo! JAPAN)
http://weekly.yahoo.co.jp/80/

 

 この三国志――、以前にこのコラムで「諸子百家」について触れたことがありましたが(cf.市場撤退という東芝の決断 ~現代に生きる古代中国の思想、「諸子百家」と呼ばれたコンサルタントたち~)、彼らが活躍した春秋戦国時代から秦の始皇帝、項羽と劉邦の時代を経て、「三国志」で語られる三国時代へと至る中国の壮大な歴史の中で、私も以前に興味を持ったことがありました。

 小学生・中学生の頃私は無類のゲーム好きでしたので、KOEIの「三國志」シリーズやナムコの「三国志 中原の覇者」などで触れてから興味を抱いて、吉川栄治の小説などへと派生していったものでした。「三国志 中原の覇者」は1988年に発売されましたが、もうあれから20年が経つのですね。ゲーム開始時に自身が操作する太守のキャラクターを選択する場面があるのですが、幾つか簡単なアンケートに答えてゆくと解答した選択肢の内容に沿った太守が選ばれるような仕掛けとなっていて、各太守の性格や領土の状況などを刷り込みされて思わず感情移入してしまっていたような記憶があります。

 

 それから実はもう一つ、この映画を観るにあたって考えていたことがあります。それは、「三国志演義」で語られている有名な逸話、「桃園の誓い」Wikipedia「桃園の誓い」参照)です。「桃園の誓い」では、「レッドクリフ」にも登場する劉備、関羽、張飛の3人が自国の建国に対し協力し合うことを誓う場面が描かれています。当社でも社歴の古い者であればピンと来ることも多いと思うのですが、これが当社創業期における3役員の出会いのエピソードと似通う部分があるように個人的には思うのです。前期末の3月末に行われた社員総会(社員旅行中に実施)では、役員へ向けたサプライズ企画として「桃園の誓い」をパロディ化したオリジナル映像と、3役員の顔写真をモチーフとしてオリジナルで作成してもらった劉備、関羽、張飛を模したフィギュアが贈られたものでしたが、そんなことも思い出していました。

■2008年3月末の社員総会(社員旅行中に実施)で、当社役員へ三国志をモチーフとしたオリジナルフィギュアをプレゼント
社員総会.jpg

■劉備をモチーフとした社長のオリジナルフィギュア(拡大)

 さて、一度語り出すと奥が深過ぎて途方に暮れてしまいそうな「三国志」、あるいは中国の歴史書の類については、特段ここで書かれるべきものといったわけでもありませんのでこの辺にしておき、冒頭でご紹介した「週刊ダイヤモンド」にも「仕事に生きる歴史の知識」などと書かれていましたが、確かに最近になって再び歴史のことについて、仕事に転化された内容の書籍が多く刊行・復刊されるようになってきたように感じます。これも時代のニーズの現れでしょうか。ニュース番組などでは、政治経済に関する事象やその他大型犯罪などがあると、過去の歴史を紹介して説明の補足としたりするような構成が見られます。今この世の中で起こっていることはすべて過去の歴史の延長上にあって連続性を帯びたものであるから、自身が把握している知識、あるいは自己の経験則のみから判断される断片的・画一的なメディア、ニュースの読み方には気をつけたいと思いました。

 ドイツ帝国初代宰相のビスマルクが言ったとされる、「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」ではありませんが、確かにビジネスシーンの多くのケースで、過去の歴史に頼ることは多いと思います。「レッドクリフ」でも度々出てくるセリフの中の「陣形」一つをとってみても、これはそのまま現代のビジネスシーンにおける「戦略」に置き換えることができるでしょう。それが「兵法書」を原典に過去の偉大な研究者が応用して持論を展開するなどして受け継がれ、また、太守や武将の思想が組織論やリーダーシップを説く際に転用されたりする内に、気が付けば少なくとも数千年分の歴史を振り返ることのできる現代に私たちは生きているのです。そしていつの時代も人は葛藤に悩んで自分と闘い、変えられない運命を呪い、問題解決の策を練り、「困った」「欲しい」を叶えるために発明し、苦悩して未来を切り拓いてきたことに気が付かされます。

 

 私たちの普段の仕事の現場においても、数々の難題に直面することがしばしばあります。地球規模で言えば環境問題や宇宙開発(cf.「NASA 50th Anniversary Website」)、国家規模で言えば外交や内政、民族紛争や飢餓、また、経済界をリードする日本のトップレベルの産業界では金融危機や円高による経営リスクの発生といったように、私ではおよそ想像もつかないレベルの問題と直面しているのかと思いますが、私たちにも私たちなりに解決が難しい問題に常に直面しているのです。どうやって切り抜けたら良いのか、役職者同士集まって知恵を寄せ合っても到底解決できないのではないか?といったような内容のことも往々にしてあります。
 そういったときに、過去に取り扱った事例の中にヒントになるものはないか?と振り返りができるように、CS部ではグランドスケジュールをエクセルで作成した年間カレンダーに記録し、部門目標や課題、人事・組織変更など、そのときそのときにどんな「モットー」を掲げ、どんな「変革」をしたのかを記録するようにしています。
 また、それだけでは経験にしか学べないため、より視野を広げるための施策の一つとして「社内推奨図書」の仕組みを構築しました。業務に必要で社費で購入した書籍や雑誌、その他個人が有志で持参した書籍などが社内で散在していたため、書棚にまとめ、各書籍の裏表紙には図書館で言うところの"貸出カード"を貼付し、本を借りたい人が借りたいときに自由に借りられ、かつ紛失しにくい工夫をしてあります。後は当面は利用率を上げることが課題となっています。本はご存知のように、原典(オリジナル)を求めてさかのぼってゆく過程の中で多くの発見があります。この"読書"という行動こそが、過去の歴史に多くを学ぶことができる最短・最安・簡便な方法であると思っています。

 

 「レッドクリフ」続編である「Part 2」は来年4月公開予定とのことで、今から大変待ち遠しいばかりです。その間も、目の前の課題と格闘しながら経験として残し、同時に過去の歴史に似た類型を探し求め、未来予測力を付ける癖を付けておこうと思います。その繰り返しがコンサルティング力を高めてくれるのだと思えば、自然と習慣化させて継続してゆくことができるのではないかと考えています。そうした成長のあゆみの中で、これからも多くのお客様と出会うことになるのかと思いますが、今後ともどうぞ宜しくお願い致します。


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写真 執行役員CS本部長 小川 悟

Twitterやってます。CS本部はディレクター、ライター、Web/映像クリエイター、QC(品質管理)スタッフ、Webアナリスト、コンタクトセンターからなる部門です。中小・ベンチャー企業向けWebコンサルティングを提供する上で必要な人財の育成、生産管理、サービス体制の整備を行い分業・専門化を進める傍ら、営業部門やお取引先様も巻き込み、各工程別ガイドラインの整備や業務の標準化はもちろん、前工程・後工程のスタッフを「みなし顧客」として成果のフィードバックを行うことで内部牽制したりといった品質管理を行っております。また、一部広報業務も兼務しています。座右の銘は「桃李言わざれども下自ずから蹊を成す」(『史記』/司馬遷)