市場撤退という東芝の決断 ~現代に生きる古代中国の思想、「諸子百家」と呼ばれたコンサルタントたち~

投稿者:小川 悟

2008/03/03 00:28

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企業の事実と消費者の事実が、より近い関係になるためにこそインターネットは利用されるべきなのだろう。消費者の事実と企業の事実との摩擦を強め、険悪ムードを増長させるためだけにインターネットが使われるなら、インターネットそのものの存在意義から問い直さなければならないだろう。

/『東芝クレーマー事件』(前屋毅氏著)

2006年3月31日、「Blu-ray Disc(以下BD)」との規格主導権争いの火蓋を切ることとなった、東芝-NEC陣営の発表した新世代DVD規格「HD-DVD」搭載のDVDプレーヤーが発売されてからわずか2年、2008年2月19日、東芝の西田厚聡社長はHD-DVDの市場撤退を表明しました。かかる損失は数百億円規模と言われているので今後の動き次第なのでしょうが、まさに「そのとき歴史が動いた」の瞬間に立ち会ったような気がしました。

cf.参考記事

・戦いの軌跡 東芝のHD DVD撤退から学ぶもの(ITpro)
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20080221/294345/

・デジタル家電&エンタメ:特集 「ブルーレイ VS. HD-DVD」(IT-PLUS)
http://it.nikkei.co.jp/digital/special/disk.aspx

 

インターネットの記事の中には「消費者不在の不毛な規格争い」などといった意見もありましたが、こうしたデファクト・スタンダードの主導権を争ったビジネス戦争は今回が初めてのことではありません。2004年9月12日、ソニー・コンピュータエンタテインメントの社長兼CEOである久夛良木健氏は、今後のゲーム市場に対し大容量コンテンツ搭載が可能な仕様で臨みたいという考えから、「PS3(プレイステーション3)」にBDを採用すると発表しましたが、その際も重厚長大から軽薄短小へと推移していた市場ニーズを無視したオーバースペック、時期尚早などと言われていたような気がします。

BD規格を推進するソニー・松下陣営が2004年に米MGM Studios社の買収を決めると、東芝・NEC陣営は米Paramount Pictures社、米Universal Pictures社、米Warner Bros. Studios社、米New Line Cinema社と、ハリウッドの大手映画スタジオの支持を得たとの緊急記者会見を行い、まさに手に汗握る広報対決でもありました。

2008年に入り、この大手メーカー対決も終局を迎えるようになります。1月4日、Warner Bros. EntertainmentがHD-DVD陣営から離脱を表明、BD規格支持へと離反しました(ワーナー・ショック)。1月8日、米Paramount Pictures社がBD単独採用を発表、2008年2月15日には、米小売最大手のWal-Mart社が2008年6月までにHD-DVDの取り扱いを取りやめると発表――、しかし私たち消費者から見れば、一部のアーリーアダプター(初期採用者)たちを除いて、「一体どの規格が良いのだろうか?」という疑問ばかりが生まれただけの争いではなかったでしょうか。そうした意味においては、「消費者不在の不毛な規格争い」と言われるのも頷けます。

 

私のように最新の家電製品にとかく疎い者では、今回の規格主導権争いの背景や、どこにBDの勝算があったのか等について言及することはできないですし、PS3のときとの性質の違いなども詳しくは分かりません。しかし、私たちのビジネスの世界、すなわちインターネットにも多くの規格が存在しましたし(今も携帯用サイトなどはニーズが高まってきていますが、キャリアによる仕様統一とまではいっていません。また、保存用メディアとして活用されることの多いメモリーカードに関しては、DVDの規格とは比べ物にならないくらい混沌としているような気がします)、メーカーと違って形ある物ではなくWebサイトというイメージの産物を取り扱う立場ではありますが、ものづくりに関わる者として大変興味深いニュースでした。

cf.kizasi.jp

http://kizasi.jp/

※この時期「東芝」などについて書かれたブログが多く、消費者の関心を多く惹いたニュースであることが分かります。

 

このDVDの規格以前には、「レーザーディスク(LD)」と「VHD」との争いがあり、それより以前には「VHS」と「ベータ」戦争がいまだ記憶に新しいところです。いずれも多くの消費者からの支持を獲得することとなった規格が市場を制してきました。どのような規格も出始めはマイノリティからのスタートの筈ですが、経営陣や開発者たちの戦略がマジョリティを築き、その後戦いを制したプロダクトが有することとなるライフサイクルの膨らみの分だけ利益を得ることになりました。そういった単純な市場原理の側面だけから見ても、東芝のHD-DVD陣営としては長期戦にもつれ込んだとしても、最後まで戦い抜きたかったと思うのですが、市場撤退という決断はある種潔かったと言えるのかもしれません。

この一連の攻防戦に対し、世論は大きく「英断」と「遅過ぎた決断」とに分かれているようですが、本コラムではその是非ではなく、数百億円の損失を生むことを決定付けた「決断」という行為自体に主にスポットを当ててみたいと思います。

 

以前、当社専務から「”決断”とは”決めて断つ”と書く、つまり捨てることだ」と言われたことがありました。日々の業務の中で、私にとっては重要な判断を迫られた際に、リスクばかりを提示してなかなか決め込まない私に対する指導の一貫でもありました。決断したことによって、周囲から文句を一身に受けることになるかもしれないし、場合によっては会社からリアルなお金が出てゆくことになるかもしれません。事実、当社も右肩上がりの成長を続けていますが、それはあくまでも数字の面であって、今までにも多くの事業から撤退しています。そのときそのとき、少なからず損失はあった筈です。

そんな「決断」に際することを当時の自分は極端に恐れていました。成り行きだけが自分にとっての唯一の救いでしたから、上手く運べば良かったと考え、悪く運ぶと不満に感じるだけでまったくの部外者感覚が続き、結果論しか論じることのできない社会人生活が長く続きました。その見返りとして、当然参加意識を持てる筈もなく、今以上に大きな仕事は到底できないという消極的な思いばかりが深層心理を支配するだけでした。ですから当時の専務の言葉は、なかなか捨てることができなかった自身の人生の中で初めて聴いた「逆説の真理」でもありました。

 

ところで、この次世代DVDの規格争いですが、まさにビジネス戦争とも言えるでしょう。血こそ流れないものの、開発者たちが流した汗や涙(苦労や心配、徒労感、疲弊感)や多額のコスト、人材などが流れ出た現代のビジネス界における戦争です。また、ビジネスの世界は「ランチェスター戦略」「孫子の兵法」、「君主論」など、古くから企業の戦略や管理職のマネジメントを戦争や政治に例えて言うことが多いです(cf.「政治はすなわち国家の経営」/松下幸之助、松下政経塾)。

この孫子についてですが、孫子は紀元前の中国――、春秋戦国時代(紀元前770年~221年)に活躍した「諸子百家」と呼ばれる学者たちの中で、「敵を知り己れを知らば、百戦して危うからず」や、武田信玄も影響を受けた「風林火山」の思想を唱えた兵法書(cf.『孫子の兵法』)などを書いた「兵家」を代表する人物です。「諸子百家」は、孔子、孫子、孟子、老子、荘子、墨子をはじめとした当時の各界の頭脳集団の総称で、言わば国家経営を支えたコンサルタント集団とも言えるのかもしれません。

cf.諸子百家 – Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AB%B8%E5%AD%90%E7%99%BE%E5%AE%B6

 

■東芝の「選択と集中」戦略 HD‐DVD撤退、フラッシュメモリーは新工場(J-CASTニュース)
http://www.j-cast.com/2008/03/02017282.html

上記の記事の中では、先述のワーナー・ショックに際して、ソニーのストリンガー会長が水面下で動いていたことが書かれています。「孫子の兵法」で言うところの「衢地」(三国以上がひしめき合う土地)において、他国との同盟(ここでは「映画会社」からの支持)を急速に進めた戦略が功を奏したようにも思えます。本記事では、そのことが今回の争いに終止符を打ち、両社の損失を最小限に抑えた決定打となったことをほのめかしています。

 

以上のように、戦争に勝つためには「戦略」が必要なことが分かります。

私たちも「諸子百家」とはいかないまでも、様々な前職の経験を有したスタッフたちが日々研鑽しながら、「Webコンサルタント」としてお客様の戦略立案に貢献できるよう努力を続けています。今回引き合いに出したような大手企業同士の争いのようなスケールに対応することはなかなか難しいですが、かと言って中小企業様に戦略が不要であるわけではありません。私たちもまだまだ未熟な若輩者ばかりですから、お客様からの協力なくして事業を成功に導くことは到底不可能ですが、私たちやお客様が戦われている戦場において、恐縮ながら軍師や策士として活躍できることこそがこの仕事の唯一の醍醐味と思っております。お客様からもいろいろ教わりながら共に成長していきたいと願っているパートナーと思って頂ければ幸いです。